転校生のA君

 「ほら見てこのカード、良いでしょ?」

「わあ・・・良いなあ・・・」

小学校の授業を終えたあと、気づいたときにはA君の家でふたりで遊んでいた。

 きっと、連れ去られた訳ではないのだろうから、どちらかが、

「遊ぼう」

と言って誘ったのだろう。だが私の記憶は、既にA君の家にいるところから始まっていた。

 A君は転校生だった。小学生にしては割としっかりしていて、一見すると元気が無さそうに見える子でもあったのだが、話してみるとこれが何かと気が合って、その後はスッと仲良くなっていけたような気がしている。

 気がしている、と言ったのは、仲良くなれた割に、その子とは他の子の場合と違って1回しか遊んだ記憶が無いからだった。つまりはA君の家で遊んだあの日の記憶しか無い。

 その日は、A君と遊ぶのに夢中になっていてあまり気にも留めなかったのだが、よくよく思い返してみると、A君の家には家具やら何やらの生活用品がまるでなかったような気がしている。転校してきたばかりのときにお邪魔したからかもしれない。

 お父さんは、おそらく仕事に出ていて居なかったのだろうが、A君のお母さんは私たちが遊んでいる間中、こちらに背を向けてずっと台所に立っていたように記憶している。もしかしたら、夕食の準備で忙しかったのかもしれない。

 部屋の中が徐々にオレンジ色へ染まり出し、あっと言う間にこんなにも時間が過ぎ去ったことを知った私は、A君に、

「もう帰るね」

と告げて、A君の家を後にした。

 それからしばらくして、いや、それからすぐのことだったのかもしれないが、A君は他の地域に引っ越してしまった。やはり、仲良くなったのに1度しか遊んだ記憶が無いことを考えると、引っ越してきた矢先の、また急な引っ越しだったのかもしれない。家具の並ばないA君の家に、ひとしきり生活用品の揃った様を浮かべようとして、途中でやめた。私の家から歩いて2~3分ぐらいのところだった。