「前に、神宮球場へも行ったことあるけどね」
腕にリストバンドをはめ、メガホンを持った姿でドーム最寄りの駅に着いた私に、親はそんな言葉を投げかけた。私が、
「野球を生で観るなんて・・・野球を生で観るなんて・・・」
と、初観戦さながらのような興奮に包まれていたのを見、一応事実関係を正しておこうと思ったのだろう。実際、私が初めて野球観戦をしたのは神宮球場だったので、親は間違っていなかった。ただ、その頃はあまりにも私が小さかったため、野球を観た記憶などまるで残っていなかったのだ。だから、小学生時分に訪れた東京ドームが、実質上の初観戦みたいなものだった。
ゲートをくぐり、売店エリアを抜けたその先に拡がる球場の全貌の鮮やかさは、今でもこの目に焼き付いている。芝生の緑が、周りをぐるりと観客席に囲まれているなか、鮮やかさの為、そこだけじわりと浮き上がっているかのようだった。
「なかなか勝負してもらえないね」
その日の試合はビジターチームが優勢だったこともあってか、ホームチームの4番、まさにこの人のホームランを観るために東京ドームへ来たと言っても過言ではない存在は、ことごとく勝負を避けられていた。それでも、バットを置き、淡々と1塁へ向かって駈けていく姿を見、
「この人は本当に凄い人なんだ・・・」
ということを、肉眼で体感することが出来ただけで、震えるように嬉しかった。
それも束の間、場内には「とんぼ」がかかり、それに続いてファンの大合唱が響いた。しなやかでかつ巨きな背中が、ゆったりと揺れながらバッターボックスへと向かっていき、そのままゆっくりと構えに入る。
先ほどのフォアボールでガッカリしていたことも忘れ、球場の視線は、ピンと張られた背番号5へと、真っすぐに集まってくる。
「カァーン」
木製バットの芯をまともに食らった音とともに、打球はライトに向かって真っすぐに伸びていった。
「あっ」
と声を発する間もなく、よもやツーベースになろうかと言うぐらいの低い弾道が、そのまま落ちることなく、外野の壁をスレスレで超えていきながらライトスタンドへと突き刺さった。
「ウワァーッ!」
という地鳴りのような歓声と、ホームランそのものの衝撃に圧倒された私は、悠々と1塁を回る背中を、しばらくぼんやりとしか捉える事が出来ずにいた。
「ぼっちゃん、どうだった今日の試合は? 勝ったか?」
帰路につく途中、駅のホームで、酔っぱらって上機嫌のおじさんにこんな声をかけられた。残念ながら負けてしまったと小さな声で呟いたあと、一転して表情がぱあっと明るくなったのが自分でもよく分かった。
「でもね、ものすごいホームランを見れたんだよ!」