呑み込まれる

 好調だ。実に好調だ。その調子もそのうち鳴りを潜めることを知ってはいながら。目の前に座る、ひとりは恥ずかしそうに笑い、もうひとりはニヤニヤと笑っている。この後、ニヤニヤ笑っている方が、ちょっと外すねとか何とか言いつつ、もう戻ってこないことを悟って、調子は落ちる一方だった。

 「ごめん、ちょっと軽い用があって・・・。終わったらすぐに戻ってくるから。」

そう言って結局最後まで戻らなかったであろうひとりを抜いて、私たちは二人きりになった。空間が揺れて、軽い酔いを覚える。不快だ。別に、目の前に座る人が嫌いな訳でもないのだが。私はこの、一歩でも譲れば吞み込まれてしまう瞬間が、たまらなく嫌なのだ。

 気がつくと、目前の表情は、恥じらいから哀願のようなものへと変わっている。眼の中で、ゆるやかな波が、右へ左へとゆっくりうねった。一層酔いを強くした私の手足を、留め具がぱちりぱちりと捕らえたような気がした。眼を合わせてはいけないと思い、俯きがちで愛想笑いをしてごまかすと、上体を軽く左右に揺すった。

 申し訳ない、自分も帰らなきゃと嘘をつき、視線を避けるように急いで部屋を出る。その人は、しつこく追いかけてきたりはしなかった。そんなことの後で、もう同じような状況に押し込まれるはずも無く、やはり何も言ってこなくなったあの人を、大変に好きだとすら思うようになった。