遊離

 その頃にはまだ知識が無かったからといって、まだいろんなことが分かってきていなかったからといって、同じ人間が、どこか宙ぶらりんであることに気がつかなかったはずがあろうか。

 幸福な盲目的時代という幻想をおっかぶせて、浮遊した気持ちを感じ取れ得るのは現代人だけの特権であるかのような顔をし、

「私もそういう幸福な時代に在ってみたかったものだ」

とうそぶく。

 確かに、自分とそれ以外の深遠なもの全てと、今より強力に繋がっていたのかもしれない。しかし、頭があるだろう、意識があるだろう。その間隙に、どうしようもない土台のなさ、遊離の念がきらめき、それが一瞬の迷いのような妖しい光であったにもかかわらず、自身というものを深く広く占領してしまわなかったはずがあるだろうか。