<123>「笑っていたら懐かしかったから」

 帰るときに衒いがあってはいけない、それから、すぐ帰る奴だからあいつはと思われてなくてはいけませんよ、何ということなどを言っていた気がしたのをハッと思い出したのは、あの人が二度と帰らないような雰囲気でそこを出ていったからだった。じゃ、行ってくるよといつもと全く同じ調子で言っていたにもかかわらず、もう戻るつもりのないことをハッキリと確信した、証拠もないのにおかしいが、それはトーンなのか身振りなのかしかし何ひとつ違わないということが不自然なくらいには全てが同じであったからそれが演技だと分かったのか、同じとはいつとの?あっと硬直したようになって、妙に意図的な冷めたトーンで、別に変な予感がしたからどうということもないのだよ、などと思ってもみないことを巡らしてみたところで、やっぱり止めた方がいいんじゃないかと思って少し駆け出したところで、あの人は運良くか悪くか行く方向を間違えて、逆側に行くためにまた一度ここの前を通過したのだが、こちらに向けられた照れ笑いなのか、きっといやもしかしたら別れの挨拶なのか、やけにヘラヘラと笑ったのが何だかとても懐かしいような気がしたからここらでやめにしといた方が良いのだろうという見当はついた。