<350>「家で見る」

 絵は家で見た方がいい。そんなに何枚も何枚も置いておく訳にはいかないだろうが、どうしても見ていたいものは、たとえ本物でなくてもコピーでも何でもいいから家に置いておいて、そこで見た方がいいと思う。

 そんなことを何故考えるのかといえば、美術館や、美術館ではないところでもいいがそういったところで鑑賞というものを終えた後、ものすごく疲れているのを感じるからなのだが、つまり家のような気ままに見たり見なかったりが出来ない美術館のような場所では、誰に強制された訳でもないのに、

「せっかくお金を払ってきたんだから」

と、展示してあるものの全てをいちいち凝視してしまっていたりする。もちろん近寄っていつまでも見ていたいときもあるし(それで全然疲れないこともある)、そうでないときもあるのだが、それは展示されているひとつひとつの絵によってもまた違うし、その日の体調にも左右されることである。ただ、

「美術館までせっかく来ている」

という意識は、そういった調子の数々を容易に脇へと追いやってしまうので、それで、全部に力を入れて見て回った結果が、どっと疲れることになっていたりするのだ。

 それに、今日一日だけ力を入れて見て、はいそれで終わり、というのはひとつの絵との付き合い方、出合い方としてもあまりよろしくないという気がしている。やはり、今日も見て、明日も見て、その間なんとなく見てみたりあるいは執拗に見てみたり、何かに気づいたり何にも気がつかない日があったりしながら徐々にその絵との関係性を築いていくのが一番いいと思っていて、その意味でも絵は家で見た方がいいと言えると思うのだ。もちろん、貴重な絵の数々をひとつの美術館などに集めた上で、一般に向けて公開してくれることに対する感謝の気持ちはあるし、そういった機会がなくなっていいなどとは全く思っていないのだが。