<567>「歩行者の印象Ⅳ」

 なるほどそれでは長嶋さんが皆からちょうど見えなくなるものだと思った。それはちゃんとした理想でありながら、その理想的な状況を前にすると観客は戸惑う、見に来なくなる。それは矛盾なのか、いや、至極正当なことのように思われたのだが何故だろう。

「つまり、これはどこまでも徹底された快楽主義ということでさあね」

「ええ、禁欲ではなく?」

「とんでもない。禁欲ならばこんなこと馬鹿馬鹿しくて続けられないし、もっと人も私を見ますよ。ただ、これはやはり我慢していないから、というだけでなく、徹底して気持ちの良いことを追求した結果、こうなるのです。私は、ここまで曖昧になりました。ただ、戸惑うばかりではないと思いますが表情は、非常に特徴などというものがなく、むしろそういったものから順番に失っていったのだと思います」

 そうして、長嶋さんを追っているのは遂に、私ひとりになった。