<626>「一昨日からの汗」

 「いくらでもない、いくらでもない」

先回りすると男はそう言った。おや、俺が教えてもらっていたことのなかでもこれは特別に分からないのではないか。例えば、私には赤ん坊の経験がないんです、などという言葉も、一体どう通過させたらいいか。惑いのなかでしばしの停止をお願いする。

「ちょっと。すいませんが、二年後の私が映るよう工夫して、写真を撮っていただけませんか?」

注文を正確に聴き取れたのかどうか、よくは分からなかったが、受け取るだけどうにか受け取ると、小さい穴へ、無感情に近づき、モソモソと覗くと、

「あれ? あれ確かに用意したはずでしたがあれ・・・?」

 ちょっと聞いてくださいよお、と、ちょっとどうしてこんなところでものを撮られている必要があるのでしょうか、と。それは私にも分からないんですが、おそらく未経験の身体が、ゆっくりと未知の、不明の瞬間を巻き込むためなのでしょうと。それなら、では、私が赤ん坊に成り代わりましょうか、などと提案し、笑みやら一振舞いみたようなものを少しずつ食べさせられると、

「果たしてこのことは内緒のなかでも、私に関係があることではないんですか?」

と言う。良いことだ。懐かしさが一昨日から汗になっている。