<691>「こんなにも無表情で」

 優勝して嬉しい、もうこの上はないと思っている一方で、もう過ぎたことだから、優勝したとかはどうでもいいんだよもううるさいよと同じタイミングで思っていたりする、と、これはひとつのはずなのだ(同じタイミングだということを抜きにしても)。ふたつ(の方向)なのではなく、ひとつのことを何とかふたつに分けて表してみるとこうなる、のではないかと思っている。

 表すと、というより、諸々が席を譲りながらでなければ、何事かが明確な形を持って現れ出ることが出来ない、とすれば、例えば勇気があると、しても喜んでばかりはいられないそれは一面だから。臆病である、としても気にし過ぎることはないある一部分が、この場合ハッキリとして前面に現れただけだから。つまり、ハッキリと言い表せる状態として出てきたもの、それは、欠けた表情だと。誰の目にも怒りが明らかである表情、しかし明らかさゆえ、その奔流のさなかに既にいくらか冷めている心持ちがあること、あるいは全く別のことを考えていたりすること、などは容易に見落とされる。というよりそんなものがあるはずもない今は、と無意識に思われてしまう。

 諸々の気持ちを欠かそうとしない、落とそうとしない態度は、皮肉にも無表情を作った。揺れなくなったのでなし、揺れも、揺れでないものも含んでいる、含んでしまっている。

「何とか言ってくれませんか、分かりづらいですね」

と。しかしあなた言葉にするといくらか遠回りですよ、ホラ、私はこんなにも無表情ではないですか、それで充分ではありませんか、とだけ。