<823>「手の中の熱帯」

 かずえ歌は続く。それはぼうとした、夜(よ)の入(い)り。

 まるでお互いの意識は、寂しく融け、方向性のない、剥き出しの音へ、全神経を集中している。

  ひとおつ、ふたあつ。

 飾り、必然性の匂い。暗やんであなたの恐怖に似た手、が、明かりの下で、ちらちら、ちらちらト揺れている。

  満つ、寄つ。

 当然(突然)、私は、これが谷底でなくて何であろうかしら、とふと思う。おそらく底の、いや限りなく深まってゆく、何(こ)とは(こ)言(ろ)え(よ)ず(い)、冷たい触感に、さびしい無言で応えている。

  いつ無うななや(乎)。

 アいた穴のなかほど、その側面を、両の足裏でつらまえ、底面と平行に、すうゥっと、一直線に伸びる。その私の姿が、軽やかに隙間へ、つど挟まるつど漏れ出でる。

  ここのところずっと

 ちょうど夜(よる)の方向へ、ずれようとするそのときの、異国の地の火踊りの絢爛、火踊りの狂乱が目に映り、口もとにまたじんわりと油の重たさが拡がってゆく。

 むずかしい暑さ。指のマから思考がにじみ出、蒸発してゆくのを感じる。機械音。機械音の多さ、それから油。油の重さ。

  充溢

 熱帯は狭くなり、ちょうど私の手のなかに収まった、と思うと、こすれた匂いのなかに垣間見える、苛立ちのあなた。回廊のひずみ、私の腕、放り出された暮れ方に、また感慨を溶かして混ぜ眺めている。

  自由に。