<912>「無彩色」

 からい。隅に名の、わたしの名の、こごえてゆく、ひとは移る、ひとは移る、よろけたヒ、よろけたヒに手を、手を触れ、わたしは蒸した、わたしは蒸した、ひとは洗い、ひとは水のヒ、ひとりでに触れて、ひとしきりあおいだ。

 空は見ていた。空はただの色(イロ)を求めて何かを見ていた。セキレイはふるえていた。セキレイはただモノトオンで、空は意味を帯びた。この鳥が捉える世界の中に小さな意味を帯びた。

 夕焼けに移っていた。夕焼けは特別目立った感想を抱かなかった。ほかの声とともにその場へ転がり、ただ蒸された人(ひと)、また人(ひと)を静かに眺めていたのだ。

 誰かが帰っていた。訳(わけ)もなく帰っていた。無理からぬ声は夜を招んでいた。ふるえて増えている夜のためにわたしは軽快なステップを踏んだ。モノトオンはしばしささやいている・・・。

 めざめると、ふるい、あたしから渇きのひいたころ、水は音(おと)もなく増えていた。朝はどこまでも水であった。ホゥホゥと、遠のいた声の代わりをする・・・わたしは羽ばたきを求める小さな水の一滴であった。静かにくしゃみをした。

 揺り起こして、あなたは手のひら、そのひんやりとして、膨らんだ肌のなかに真っすぐな声とともに触れ得(ウ)る、わたしは人(ひと)のなかで誰だろう、と小さく思っている・・・。

 懐中電灯は、簡単な仕草で、時間をひとつにまとめてしまった・・・。わたしは静かに喉を差し出した。あらためる度、姿勢、ト、ひと間にボォンと鳴るとき、木で作られたらば、あたしはこうであった、という発見が、またここで渦を作る・・・。