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 振るうの、で、ある、

 粒が、粒が、 だんだんわたしのかおかたちを取ってくるだろうからそこでぱっと振るうのである、

 振るうの、で、ある、、

 だんだんに身体として生起してくるのだから振るう、

 音、音は、立ってそれで、、

 私は眩暈と一緒だからそれほど困惑していないが、困惑そのままではある、、

 一秒間のうちに身体が落ちていく、、

 あるいは時間を失って、 止まった川の映像、

 それは、どこからどこに線を引っ張られ、

 一切のびているのだろう、、

 またそれから訪ねて、

 (そうだ、、当たり前に時間とともにここにあるはずのものがここにはあったんだ)、

 と、 かなしみでも嬉しさでもない頭で でっくわすというのはどういうことだろう、、

 

 川が流れていることが音を持っていることの充実した時刻、

 時刻は川の音を持っていることを喜んでいる、、

 私はもう川の音に頬を直接にくっつけているんだから、

 そうだから、、

 とんでもない、私は細かい粒がさらさらと流れていくのだと知る、、

 置かれてきた、、そこに小さな粒は、

 小さな粒は置かれてきた、

 陽の下にまったく無言で入ってしまってまた全身に川の流れる音を通過させたままでいるの、

 そうだから、、

 私そうやってきいたから、、

 

 それで、 たった今晴れたりしている、、

 交歓の記憶はただの粒だったりするのかもしれない、

 それは無際限にひろがるのかもしらない、、

 そうして私が小さな粒に見ているもの、、

 繰り返し呼び掛けられても全く自由に逸れていってしまい、

 たとえばあの高台の、風通しのよいところにとどまったままで、

 こちらになにか映像を見せてくれるおかげもあるのやもしれぬ、

 どうだか、呼気が順繰り順繰りおもいおもいの場所に駆けていっているのかも、

 そうかしら、、

 そう、もう、明確な日付も場所もおもいいだすことが出来ずただその場を明るい色で釘付けてしまったような気持ちのよく風の抜けるところにわたしは今よりも小さい身体で立っていて、

 (ちょっと、こんな小さな身体で立っていたということがあるんですね、そんな時日が私にもあったことはそれは緩やかな驚きとして響きます)、

 そこにほどけていくらも粒がいった、、

 私はそこで、 とうの昔にほどけていってしまったものをどこかは知らないが見てみたいと思った、、

 もう一度身体が流れた先へ流れてみたいと思った、

 浮かんでいたいという、

 そう、それで、 流れたらいいんです、、

 新しい粒は、まったくぼうとした顔で、、

 どこに放られるかはまったく知らないままでいるといいんです、、