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 まあま、座ってよ、なにさ、いやま、すぐに話し始めるのもなにかと思うからさ、いやすぐに話し始めたらいいじゃない、いやいやま、ちょっとなんか、水でもどうぞ、ああありがとう、で、なんなの、やっぱりまあ社会的生きものですわな、どうしたって、それは社会的生きものだよね、どうしたって、だからまあごめんなさいって意味でね、どうしても、なんだよその、ごめんなさいって意味で、どうしてもってのは、出来るだけ分かりにくく読みにくくいきたい、なんでだよ、配慮をしろよ、いやいやま、読みにくいっていうのが配慮といえば配慮なのよ、よく分かんない、まあま、そう言わずに、まこれだけ読みにくくしておけば大丈夫かな、というようにね、なんだようだうだと、そうそう、うだうだしてるからもう放り出しちゃおうっていって、なるたけ放り出されたあとで入りたい、こんな変な長い前置きある? まあま、ね、社会的生きものですわな、どうしたって、それはきいたのよ、そうだね、Yes、言いました、それで、するとどうしたって普通の範疇に入っているのに出来ないことってのはなんか引っ掛かり続けるね、どうしても、うん、それはま、そうかもしれない、結婚ですよ、あ、ずばっと来たね、お付き合いですよ、ほう、次々に来るね、うん、もういいかな、このぐらい前に置けば大丈夫かなあ、と思って、ずばっと入りますよ、YesYes、はい、出来ないね、そうか、うん、多分ずっと出来ない、そうか、で、まだ放り出されていないで追っている人がいたら、私が言っていることは社会的に完全に間違いなんだと思って、なんかこうざわざわしないで、自信を持って見てほしいね、なにそれ、まあま、もう実際に結婚している人も多いからさ、自分が引っ掛かっているわりにちょっと言いにくい部分もあるのよ、あらそう、で、根本が拘束でしょ、はい? その関係性の基盤は好きではなく拘束なのよ、はあ、だから出来ない、というか小学生くらいの、上手く言語的に満足に表現できないころからその違和感がずっとあるのよ、そうか、うん、なんか好きだなってことは関係性に入る入らないにかかわらずあるよね、あるね、また関係性に入ったあと完全に冷えきっても関係は続かせようと思えば続くね、そういうこともあるね、でも、相手にとって自分が唯一でなくなったり、自分にとって相手が唯一であるという状況が崩れたら、関係ってすぐ破綻の兆しを見せるでしょう、はい、根本は拘束なのよ、だから、関係に入るってことを承認することには、ものすごく大きな飛躍があるよ、たっかい? たっかい、遠い? 遠い、そうか、だから好きと地続きではないと思うよ、そうか、じゃあなんでもう想像を絶するくらいの飛躍なのに、そう思われてないかっていうと、ずっと続いてきて、当たり前のことだという印をくっつけられているからなんだね、飛躍だなんてちっとも思っていない人はいっぱいいると思うよ、そうでしょう、ひとのを平気でとる人がいるなんて、こわいとは言うけど、まずその相手のことを自分のものだと思う飛躍に、たまらずこわくなることは少ない、というかあまりないんだろうね、それはもう普通のことであるから、ということで、そうだろうね、バカップルとか俗に言われる人々がね、うん、あたしのこと本当に好き? 一番好き? どのくらい好き? という状態に入って延々と出てこないことがあるね、たまに見たりするかな、でも、あれは慎ましくないということを笑われているだけであってその飛躍的関係性に入ったら、ふたりがやりたいこと、やるべきことってそれに集約されてしまうんだね、はあ、大きなテントのなかにはいって、サーカスを見てて、その世界以外であることってほとんど不可能でしょう? まそうだね、だからバカップルだと俗に言われていない人もそれは慎ましいとかいうことだけで、確認したいのは唯一なのか一番なのかということだけだろうと思う、バカップルと言われる人々は根本問題のまわりを常に巡っているということだね、そうだから必然のあり方なんだよね、

 結婚が厄介なのはねえそれが、飛躍が普通の衣を着せられてアクロバットが見えなくなっているだけじゃなくて法律でカチカチにしちゃうでしょう? まそうだね、厄介ですよ、厄介だね、本当に大変な飛躍であることを普通だと言い聞かせて法律までくっつけてしまったら、それはふたりの関係はどうしたってゆがむ、そんなものか、そりゃしんどいもの、相手を自分のものだと思うアクロバットが当然良い面を見せることもあるよたとえば、絶対になにがあっても守るとかね、うん、ただやっぱり悪い面も入ってきてそれは暴力とかになってくるんだ、そうかなあ、なんかこの時期だとかそうじゃないとかにかかわらずDVってあるね、まず文字が既に怖いもんね、DとVってかたいよね、でいきなりドメスティックってなんかドドンパンパンとくるでしょ、あの響きが怖いよね、まそんなことは良いけれども、あれは最低な人がやることでそういう人を罰せばいい結婚させないようにすればいいそうすれば結婚という世界状況は守られるって考えをしたらそれはアマアマだと思うね、さっきの慎ましい慎ましくないの話にもかかわってくるんだけれど当然その慎ましやかでないというのは非難さるべきであるけれどもそういう慎ましくない人を結婚界隈から綺麗に除いたってDVはなくならない、相手を自分だけの、自分が唯一かかわれる身体だと思う飛躍、その思考形態にもうDV性が入ってしまっているんだ、あはあ、だからその関係性を承知するという行為、飛躍的行為自体にもうDVは内在している、不可分のものだからどうやってもなくならないと思うよ人が結婚する限りはね、

 それでじゃあこんだけ言っている私はそうならないかってそれは違う、そうじゃない、何が出来ないかっていうことがずっと満足に表現できないということを考えていたんだけれども、それは、その飛躍を承知出来ないということだったんだ、はへえ、狂気じゃないような顔をしてるけど、やっぱり一番の狂気ではないかと思っているところがある、そうすると出来ないね、そうだろうね、、まあ、その狂気から遠いにしても、当然良い面だけではなくて悪い面もあって、人が好きでもそれを自分の身体とおんなじように考えることは決して出来ないと、これはもう淡ですよね、うん、あわい、あわいということは頼りないことですよ、頼りないね、

 でも小学生っていうのはあなどれないね、小学生という時代のことね、そう、なんて言えばいいかは分からなくても、その飛躍と暴力性のことは分かるんだ、あなどれんね、水でもどうぞ、いやどうも、しかしこんな考えは間違っているだろうね、どこまでそう思っている? さあ、狂気は普通の顔をしている方がいいのか、なるたけおどけているべきなのか・・・