<1543>「打刻する、ひとつの仕草」

 身もそのようにあり黙って控えている、ところの、、

 同じ言葉の姿のなかに、

 いくつもの態度を取って渦を巻き始める、、

 これを何度に分けて打刻したか、

 打刻したままでいくら揺れてズレが加わっているのか、、

 私は、遠のきながら、ものを響かせ、滲ませていた、

 二重になる、三重になる、四重に・・・、

 そこへそのようにいたらば派手に振舞い、、

 打刻の作業の中心を囲もう、囲もうと、

 私は複数線を束につらねた、そのまんまなかへ乗った、、

 乗ったような、音がしていた、

 のを、僅かにきいていたようなのだった、、

 (手がびんとしびれるのをましょうめで受け止めたのだが、それがいくらずつ幅を広げたものなのか、がいまひとつ分かっていない)

 ときおりその方面から音がぶら下がり、、

 こんな新しい響きはきいたことがない、、

 もしかして、振れて、振れているうちに、拍子で溢れてしまったのじゃないかと、

 うたぐりを入れてみたりはしている、、

 

 そうだやはりこの肌中にあるひとつの響きなのだ、、

 と、

 胸中に物事がざわざわと続くこと、、を見留めて、

 どうにもここのほうけたなかへ繋がっていくのが見えましたか、、

 見えているかいないかはあまりかかわりのないところへもずらりと出てくる、、

 滲んで出てくると、

 大仰な響きがありえて、、

 まともに視線がずれてきた、、

 そのズレに、平気で手をやっているのですよ、、

 と、あたりまえに膨らんできたところへ、手を置いて、、

 過ごしているさまのなか、なかがわが見えてきてはいるのだ、、

 どうだろう、、

 

 私は、うしろのほうで、、なにかと騒ぎもするのだが、、

 このいくつもの重なりのなかに響きの大枠を見立てて、、

 身体をいくつも振るわせているだけだった、

 だいぶんあとになり、振れの残り一粒が、、やや曖昧になる、その姿を前にしていたのだが、、

 言葉が知らない人のような姿で鳴った、、

 私は、そばで、ききそびれた、と思う、、

 そもそも、振り残った一粒の、さわぎざまは、、

 なにとなく人をほうけの方へ、のばしていくものだった、、

 (これはなにだ、一体どこで鳴ってきた)、、

 私には振動があり、

 振動には当然外側があった、のだから、、

 このような所作をおおぜい集めてきいているはずなのだ、、

 このような所作の振りざまがおおぜい外に溢れて、、

 歩行と、一切を同じゅうしてきているはずなのだ、、

 それなのに、これはどこから鳴る、、

 身体のなかから漏ってきたものの、いちいちか、

 いや、たったひと掬いででもあるのか、、

 ほうと言わせ、ほうと言わせ、と、

 ひとつの合言葉を持ち合わせて、ここに、ずらずらとのびやがって、こちらを打ってくる、、

 打刻する、ひとつの仕草なのか・・・、